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福岡高等裁判所 昭和45年(ネ)71号 判決

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「一、本件控訴を棄却する。二、控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠関係は次に附加するほか原判決事実摘示と同一であるからこれをここに引用する。

第一  控訴人において

一  民法は自筆証書による遺言には、日付の自署を要件としているのに対し危急時遺言の場合には日付の記載を要件としない。その理由は遺言能力の存否や、前後抵触する遺言の効力に関し遺言の為された時期は重要な問題であるが、自筆証書においては遺言書の作成が遺言者自身のみの手によつて行われ得るためその日付を欠くときは作成時期の証明が不可能ないし著しく困難になるため、特に自筆による日付の記載を要件としたものであるのに対し危急時遺言においては常に一定数の資格ある証人の立会が要件とされていて遺言時期の証明の方法が残されており更に又遺言の日から二〇日以内に家庭裁判所の確認を得ることを要したことからも遺言書作成時期の証明はさほど困難ではないから日付の記載を要件としなかつたものと解される。もとより危急時遺言においても文書一般の例として作成の日付を記載するのが通常であるがその日付の記載にどの程度の厳格性が要求されるかは法が日付の記載を要件としていない趣旨から考えて厳格に解するのは妥当ではない。

二  本件遺言についてみると、遺言書の作成行為が完了したのは昭和四三年一月二九日であるがその日付は口述、読み聞かせのあつた同月二八日となつている。本件遺言成立の日は厳格に言えば一月二九日であるが法にうとい本件証人らが遺言のうち最も重要な行為である口述と読み聞かせのあつた一月二八日を遺言成立の日だと思つてその日を記載したのもそれなりの理由がある。実際の遺言成立と無関係な虚偽の日付を記載した場合であつても、法が日付の記載を要件としない前記理由からすると遺言全体を無効とすべき理由はないと考えられるが本件の場合は遺言のうち最も重要な行為がなされた日を記載したのであるからその瑕疵の程度は極めて小さくこれをもつて遺言を無効とはなし得ない。と述べ

第二  控訴代理人は本件遺言書は作成日付の記載に誤りがあり右の瑕疵は右遺言を無効ならしめるものであると述べた。

第三  証拠(省略)

理由

当裁判所は被控訴人の本訴請求を失当として棄却すべきものと判断するがその理由は、原判決理由説示中同判決六枚目表九行目より同判決一〇枚目裏一行目までを引用する(但し同判決六枚目裏六、七行目掲記の事実認定の証拠に「当審における証人坂上博友の証言並びに被控訴本人尋問の結果」を加え、同枚目裏九行目より末行目までの括弧部分を削除し、同判決七枚目表一一行目「七号証」の次に「当審証人馬場政吉、同山口喜利、同久本経雄の各証言」を加え、同行目「乙号各証の記載」の次に「並びに右の各証言」を加え、同判決八枚目表三、四行目にかけて「メモに作成した上、山口が」とあるのを「メモを作成し、なおその際丈吉は遺言の執行につき藤原弁護士に願いたい旨告げたが、山口は」と改め、同四行目「清書し」の次に「その際右遺言執行者についても書き加え」を加える。)ほか次の判断を附加する。

一  本件遺言書の作成日付と本件遺言の効力に関して争いがあるのでこの点について判断する。前記乙第一号証に徴すると本件遺言書の作成日付として昭和四三年一月二八日の記載がなされていることが明らかであるが右遺言書の作成行為が完了したのは翌二九日であることは前段認定のとおりである。

およそ文書の作成にあたり作成の日付を記載するのを通常とするが右日付の記載に如何なる程度の厳格性が要求されるかは当該文書の性質により自ら異なるものと云わなければならないところ民法は自筆証書による遺言には日付の自署を要件とする(民法第九六八条)のに対し、死亡危急者の遺言には日付の記載を要件としていない。(同法第九七六条)思うに右の相違は前者については遺言書の作成が遺言者自身の手によつて行なわれるからその日付を欠く場合は後日作成時期の証明が困難であるため特に自筆による日付の記載を要件としたものと解すべく、後者については常に一定数の資格ある証人の立会が要件とされ(同法第九七六条第九七四条)更に遺言の日から二〇日以内に証人の一人又は利害関係人から家庭裁判所に請求してその確認を得ることを要件としているから、遺言書作成時期の証明はさして困難ではないから日付の記載を要件としなかつたものと解される。右のような死亡危急者遺言の場合日付の記載を要件としない法の趣旨からすれば日付の記載は厳格に解すべきものではないと考えられる。

二  しかるところ本件遺言書に記載された日付の一月二八日は遺言において重要な行為である遺言者の口授、口授を受けた証人による筆記、読み聞かせの行われた日であり右の証人らがこの日を遺言成立の日と考え、本来遺言書作成行為完了日たる一月二九日を記載すべきものを誤つて右一月二八日と記載したとしてもまことに無理からぬことであり右の瑕疵をもつて本件遺言全体を無効とすべきいわれはない。

そうだとすると、本件遺言を無効とする理由は何等存しないから被控訴人が本件遺言の無効であることの確認を求める本訴請求は失当であるからこれを棄却すべきである。

よつて右と判断を異にする原判決を取消し被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第八九条を適用し主文のとおり判決する。

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